2006年07月01日

恋のしずく

紅天で本を読みながら一杯やっていると、雨音が聴こえてきた。
ふと本から視線をあげ、横を見ると一番端のイスに女性が腰掛けていた。
真っ黒な長い髪と蝶々のイヤリング、紫陽花色のカーディガンと黒いアコーディオンスカート。
その姿がいかにも雨女風で、彼女がこの雨を連れてきたのではないだろうかと思った。
いつの間に紅天に来たのだろう。全く気付かなかった。
紅天であまり見ない顔だ。
しかし雪子さんとお喋りしている様子からしてどうやら常連のようだ。
聞き耳を立てていたわけではないが、2人の会話が自然と耳に流れてきた。

雪子さん「はいこれ。雨恋きのこオムレツ」
女性「雨乞いですか?」
雪子さん「雨に恋と書いて雨恋ですよ。雨に恋したきのこのオムレツ」
女性「雨に恋した・・・か。そういえば雨降ってきましたね。オムレツ効果かかな」
雪子さん「結構大降りですね」
女性「私の代わりに空が泣いてくれてるのかも」
雪子さん「・・・何かありました?」
女性「(紙袋をがさごそ)見てくださいこれ」
雪子さん「綺麗な薔薇。贈り物ですか?」
女性「ええ。薔薇なんて初めてもらいました。すみません。もしよければグラスか何かにさしといていただけませんか?このままじゃ窮屈だろうし」
雪子さん「いいですよ(奥から一輪ざしを持ってくる)これをくれたのは男性ですか?」
女性「ええ。とっても素敵な人。紅天にも時たま来るんじゃないかな」
雪子さん「あら、誰かしら。こんな小洒落た贈り物する人って。あの下町江戸っ子っぽい人や、いつもマニアな本ばかり読んでる人や、薬にやたら詳しい人や、探偵気取りの人ではなさそうですね」
女性「あながち間違っていないけど、ちょっと違うかな(笑)」
雪子さん「それで、その素敵な方と?」
女性「(オムレツを箸で2つつに割り、中からあふれ出るとろりとしたきのこを見つめる)好きだったんですよ。彼のこと」
雪子さん「・・・」
女性「去年の梅雨時期には、既に恋してて。
何度も試みたんですよ。水あげなかったり。陽に当てなかったり。それでも雑草みたいに根が深いのか、この一年全然枯れなかった。
ほとんど共通点がなかったのに、あるきっかけでメールのやりとりしたり、飲みに行くようになって・・・。年齢なんて全然違うんですけど、不思議と話が合ってね、彼と話してると4時間なんて4分くらいに思えちゃう。これが相対性理論の真髄でしょうか。よくわかりませんが。
彼は私のことどう思ってたかって?さあ。どうでしょう。大人が子供をあやしてるといったとこでしょうか。とにかく懐と情の深い人でした。ふざけてるようでちゃんと考えてくれてる。友達になら笑い飛ばされるようなことでも彼は耳を傾けてくれました。
彼はよくセレンディピティという言葉をつかったけど、彼こそ私のセレンディピティでした。彼を見つけることができた自分にとても感謝してます。そして私に幸福な一年を授けてくれた彼にも。ありがとうって千回でも言いたい。最後まで何も伝えることができなかったなぁ・・・」
  泣いていた。涙がぽろぽろぽろぽろ。
  声をたてて泣いていた。
  彼女の泣き声が雨音に溶けてひとつになった。
  ハンチも蛇子も法華爺もいないひっそりとした紅天に、その音だけが静かに流れていた。

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posted by pikkumyy at 08:15| Comment(27) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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