2006年01月29日

つづき

蛇子のつぶやきはまるで呪文のようだった。
「ロバノミミロバノミミロバノミミ・・・」
蛇子はひたすら繰り返す。
と、今度は雪子さんに視線を移し同じことをつぶやき始めた。
雪子さんはゆっくり顔をあげしばらく蛇子と見つめ合っていた。
雪子さんの表情が曇った。それは怪訝というよりむしろ怯えに近い気がした。あんな表情の雪子さんを始めて見た。

雪子さんと蛇子と私の間に不穏な空気が流れ始めていた。とその時店のドアが開き、新しい客が入ってきた。私達はその場の空気から逃れるようにそちらに目をやった。見ると老人が2人入り口に立っていた。明らかに双子だ。
猪吉さんの「いらっしゃいませ」という声が蛇子の呪文を消してくれた。

「申し訳ございません。ただいま混みあっておりますのでもしよろしければそちらで    お待ち下さい」
と猪吉さんは入り口横に置かれている低いスツールに手の平を向けた。
双子はそれが聞こえたのか聞こえなかったのか、片割れが猪吉さんと雪子さんを指差してこんなことを言った。
「おや、あんたらも双子かい。いやー奇遇奇遇。まさか同じ双子が営む店だったとは!」
店内にいた全員がそれまでとっていた行動を中断し、双子とカウンターの中の2人を見比べた。食事の音、雪子さんが料理をする音、猪吉さんがグラスに酒を注ぐ音、本をめくる音、それまで私達が立てていた全ての音がやんだ。その時初めて店に流れている曲がジェーン・バーキンの「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」であることに気付いた。

雪子さんの顔が青ざめていた。
突然猪吉さんが笑い始めた。「私達双子に見えますか?」
双子「どうみても双子じゃあないか。ふむ、歳が離れた双子か。珍しいのお」
双子は真面目くさった顔でそんなことを言った。
猪吉さんはさらに大声で笑った。客たちも双子の冗談だったのかと安心し猪吉さんの笑いに乗じた。しかし私は笑えなかった。なぜならあの双子は「ラビット病」の登場人物だったからだ。あの物語にも今のようなエピソードが書かれていた。

私は雪子さんに目をやった。彼女も笑っていなかった。さっきより顔色が悪い。大丈夫かと声をかけようとした時蛇子がスツールからおりて立ち上がった。
「オウサマノミミハロバノミミ」彼女は雪子さんに向かってそう言った。いまだ笑っているほかの人たちに、その声は聞こえなかっただろう。蛇子はカウンターにお金を置いてそのまま店を出て行った。




posted by pikkumyy at 14:14| Comment(5) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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